初めてその男を見たのは、義元殿を駿河当主に据えるための戦の最中であった。
隻眼破足、決して見目良いとは言えぬ浪人。
ただ、雪斎の血筋らしくその境遇にしては知略に優れ使えそうな男であった。
何より、その唯一の眼に宿す激情。
高温の炎が青く燃え上がる様を思わせる光。
それを眼に宿しながら、その男は義元殿の御前でこう述べた。
「某は甲斐を…武田を、憎んでおりまする。」
醜い。しかし美しい光。
この光は男…勘助の魂を糧にしている。
生涯燃え尽きることはないのだろうと…その時は、思ったのだ。


男は、女そのものにそれ程慣れておらぬ様であった。
衣を剥ぎ取る手はおぼつかず、何も知らぬ若者の様。
不惑を越えたとはいえ、衰えてはおらぬこの身に触れるのを何故か躊躇っている。
「どうした、そなた妻子がおったのであろう?」
何も知らぬわけではあるまい、と手を取り導く。
ごくり、と喉仏が上下し触れた手が忙しなく動き始めるのを見届け、私は少し笑った。
部屋に上げる際命じて身を清めさせた為、普段男から感じる泥臭さは鳴りを潜めている。
しかし、欲に突き動かされるまま這い回る手はそのまま獣の性を思わせた。
「拙いの、勘助…少し変わると良い。」
「は、しかし…」
傷だらけの手を取り、戸惑う肢体に指を這わせる。
先程己がされていたよりずっと繊細に、しかし感所は押さえて。
身を振るわせる男の胸に口を寄せ、さらに煽る。
息を弾ませるその身からは、焚き染めるよう命じた香が薫った。

勃ちあがった陽根を手に取り口に含めば、驚愕に満ちた声が降ってくる。
「な、何をなされます…っ!」
「口淫は初めてか…そう悪いものではない、大人しくして居れ。」
弄ぶように舌戯を揮えば、ぎりぎりと歯を喰いしばる音と荒い吐息が聞こえてくる。
香ではもはや隠し切れぬ雄の臭いが強くなってきたところで、口を離した。
ぼぉっと呆けた表情に苦笑しつつ、添えた手をそのままに身体を起こす。
「今度は、勘助が私を楽しませる番じゃな。」
返事を待たず、陽根を身に沈める。組み敷いた身体が飲み込まれた衝撃にしなり、
呆けていた顔が快楽に歪んだ。

ここ駿河で飼い殺すつもりとは言え、そのまま大人しくしているような男ではあるまい。
ならば、何処へ行こうとも今川を裏切れぬよう何かをもって縛るが上策。
己への言い訳はそんな所、その眼に宿る美しい炎を間近で見てみたい…。
心の底に湧き上がった欲そのままに、義元殿の御前を辞した勘助を館に招いた。
雪斎は気づいていたらしく、
「御戯れは程ほどになさいませ…義元様が気づけば、
ますますあの者への風当たりがきつくなりましょう。」
とあの読み切れぬ顔で言われはしたが。

考え事に気を取られている間に、男は限界を迎えていたらしく。
肩を掴まれ、床に倒される。技量も気遣いも無い獣じみた動き。
ただただ己の欲に浮かされるその眼を覗き込めば、欲したものによく似た光。
決して明るくは無い、闇夜に浮かぶ狐火の様なそれに見惚れる。
ふいに男が呻き、陽根が熱い胎内から引きずり出されて欲情が腹の上に滴り落ちた。
「良かったか、勘助?」
返事は無い。眉根を寄せぎゅっと隻眼を閉じ余韻に震えている。
なんと勿体無い事を、それでは眼が見えぬ。
「これからどうするつもりじゃ。
大人しく駿河に留め置かれ、武田への恨みは忘れるか。」
はっと、閉じられていた眼が開いた。途端に零れ落ちてくる激情。
竈に大量の薪を投げ入れた様に、私の言の葉に反応して炎が燃え上がる。
「いえ、申し訳ありませぬが…某恨みを忘れることなど出来ませぬ。
駿河でそれが果たせぬなら、適う所まで参る所存でございます。」
「そうか、それで良い。」
そっとその顔に手を添え、もう一度間近に引き寄せて見たかったものを覗き込む。
「今川にとっても武田は敵じゃ。
お主が何処へ行こうとも、その恨み忘れぬ限りは手を貸そう。」

その後、男は流浪の果てに武田に取り立てられた。
随分と晴信の信を得たと聞いたが、その身の内には未だにあの火を宿したままであろう。
諏訪を見事な手腕で、殆ど兵を損なうことなく切り取ったかと思えば
諏訪の美姫を家中の反対を押し切り側室に据え、家中に災いの種を蒔く。
武田の内部からその崩壊へ向けて着々と手をうつ様は、
雪斎のそれ程見事ではないが大したものと思われた。
寅王丸を預けたい、と久方ぶりに駿河へ訪れた際も、男の眼に変わりは無かった。
むしろ諏訪の姫に出来た子を担ぎ上げる算段が垣間見え、義元殿が
「厄介者ばかり押し付けおって…」
と不機嫌になる中こっそりと笑ってしまった。
武田は日に日に力をつける。しかしその武田を突き崩すは、
そこまで尽力したかの様に見えるあの男であろう。
それが適う瞬間を是非見てみたい。あの眼に宿る炎はその時、果たして
どのような色を浮かべるのであろうか。


時は流れ、義元殿が上洛を始めた折にその絶好とも思える機会が転がり込んできた。
寅王丸、今は長笈と名乗る諏訪の遺児に面会を求める男。
矢崎平蔵と名乗るその男は正直、有能とは思えぬ。
しかしこの男が投げ入れる寅王丸という石は、どんな形にせよ
武田家中に波紋を広げるに違いなかった。
そして、その機を逃すような勘助ではあるまい。
緩やかに微笑みながら、私は長笈と平蔵を引き合わせることに決めた。

投げ入れた小石の顛末を、私は織田と戦を構える最中に勘助本人から聞くこととなった。
長笈は討ち果たした、お舘様においてはお怪我も無く無事であったと聞かされ
内心の動揺を押し隠して口を開く。
「そうか、長笈がまさかその様な暴挙に出ようとは思わなんだ。」
何故お主は動かなんだ、と視線に乗せて問うてみれば
…帰ってきたのは、いつかみたあの眼。
醜く、しかし美しい憎悪に燃え上がるあの炎がただ私を見据えていた。

今は亡き、雪斎が零していた事を思い出す。
「勘助は諏訪の姫と若君に心を奪われておるようですな。」
まさか、と一笑にふしたはずが、男が私に向ける感情は
心奪われた人の縁者を計略に使われた事に対する、底知れぬ怒り。
義元殿は、もはや生きて戦場から戻るまい。
義元殿を何故か盛んに挑発し、桶狭間を通らせようとした男の意図を
私は愚かにも…やっと、知る事となったのだ。


主を失い乱れる家臣達を叱咤し、泣き崩れる氏真に喝を入れる。
今川を支える者としての務めを果たし、独り部屋で義元殿の首が入った箱を抱えた。
義元殿は、勘助を嫌っていた。
勘助その者の見た目や経歴もさることながら、
母の不埒な心情を薄々と感じとられていたのだろう。
その嫌悪と私自身の浅ましい欲が齎したものが…今私の膝上にある。
あの男は、武田は今川を許すまい。必ず駿河を平らげんとしてくるであろう。
私に残された氏真と今川を、例え死した後でも護り抜かなければ。
押しつぶされそうな程の懺悔の念。
それでも僅かながら…あの眼に今正面から見据えられていると感じる故に
沸き起こる震えを押さえながら、そっと箱を抱える手に力を込めた。

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル