弘治二年の六月のある夜、越後春日山城内の毘沙門堂に、真言を唱える声が響いていた。
声の主は、城主、長尾景虎である。

景虎の祈りは、いつになく激しいものであった。
「われに力を与えたまえ。この内なる煩悩を払う力をわれに与えたまえ・・・」
そう、昨夜の淫夢。
そしてその本となる自己の煩悩を払うべく、景虎は激しい祈りを捧げる。

景虎は己に言い聞かせるように思った。
(姉上は一族の団結のために、そして越後の安泰のために政景へ嫁がれたのではないか!その姉上に対してあのような事を・・・)
昨夜、己の脳裏に浮かんだ光景を掻き消さんがため、激しく祈る景虎。
(そう、姉上は兄上の勧めに従いて・・・)
景虎の脳裏に、亡き兄晴景の顔が浮かんだ。
景虎に家督を譲った直後、桃姫を嫁にやることを勧めた時の兄の顔が・・・。


「景虎は納得したか・・・」
臥所に身を横たえたまま、長尾晴景は言った。
「・・・いいえ」
枕元に座した桃姫が、寂しげ答える。
「ふふふ。幼き頃より、そなたたちは仲の良い姉弟であったからな。『姉上。姉上』と、あれはそなたによくなついておったのう。そのそなたを、いかに一族の団結のためとはいえ、まるで人身御供のように嫁に出せと言われても、俄かには得心しがたきことであろう・・・」
「人身御供などと、そのような・・・」
ぽつりとつぶやく桃姫。
彼女の手首を、ふいに晴景が掴んだ。
身を起こすや、病弱な身に似合わぬ強い力で抱き寄せる。
「あ、兄上!」
抗議の声を封じる様に、兄は妹に唇を重ねた。
舌をねじ込もうとする晴景だが、桃姫は固く歯を食いしばり拒む。
だが、兄は妹の胸元に手を差し入れて乳房を攻め嬲る、裾を割って秘所を弄ぶ。
堪らずゆるんだ唇に、晴景は再び舌をねじ込み、妹の舌を絡め取った。
妹の口中を、思うがままに堪能する兄、晴景。
いつしか、桃姫は抗いをやめ、晴景にその身を任せきっている。

晴景が顔を離した。
血を分けた兄妹が紡ぎあった唾液が、互いの唇の間に糸を引いた。
桃姫の瞳が、ぽぅと呆けている。
そんな妹に、晴景は言った。
「正直、儂もな、ここまで仕込んだそなたを手放すは惜しい」
「そ、その様なこと・・・」
はっと我に返った桃姫が、顔を背ける。
晴景は笑みを浮べながら、彼女に言った。
「さあ、次に何を為すべきか。わかっておろう」


一瞬の沈黙。
桃姫はゆっくりと立ち上がり、帯を解いていく。
衣擦れの音と共に衣が滑り落ちてゆき、一糸纏わぬ裸身が現れる。
妹の様子を満足気に見守っていた兄は、再び身を横たえると、自らも寝巻きの帯を解いた。
ひ弱な晴景には似つかわしくない雄渾なる逸物が表れ、ビンっと天を衝かんばかりに屹立する。

桃姫は兄の体を跨ぐと、ゆっくりと腰を下ろしていく。
「あぁっ・・・」
晴景の分身を己が身に収めるや、桃姫は艶めいた声を漏らした。
そして、自らの腰をゆっくりと振りはじめた。
合わせるように、双の乳房も揺れはじめる。
それらの揺れは、次第に速さを増していく。
「あ・・・、あぁ・・・、あぁあぁ・・・」
口からこぼれ出る、艶やかな喘ぎ。

自らの体の上で淫らに舞う妹の肢体を眺めながら、晴景は言う。
「儂は景虎に家督を奪われた。当たり前のことじゃ。
儂はこの通りの病弱な身で、不甲斐無き男じゃからな。
武将としての器量、景虎には遠く及ばぬ。
はるか以前から覚悟はしておった。
なればこそじゃ、桃。
なればこそ、儂はこうしてそなたを奪ったのじゃ。
そして、政景のもとに嫁に出すのじゃ。
桃、そなたは、そなただけは決してあやつには渡さぬ。
決して、そう、決してじゃ。ははは、はははは・・・」
どこか空虚な笑い声が響いた。

そんな兄の様子を見下ろす桃姫の顔に、憐れむような表情が浮かんだ。
だが、次の瞬間、押し寄せる肉欲に押し流され、消えていった。

狂ったように腰を振り、晴景の逸物を貪り続ける桃姫。
そして、
「ぁあああぁ〜ぁぁああぁぁ〜〜〜!!」
一際大きな嬌声が、晴景の寝所に響きわたった。



「姉上!」
自らの叫び声で、景虎は我に返った。
さらに強烈な自己嫌悪に包まれながらしばし立ち尽くす。
「なんという夢を・・・」
景虎は頭を抱える。

景虎の前に立つ毘沙門天像。
今の景虎には、その顔が、呆れ返っているように感じられてならなかった。

第二夜・終わり

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