弘治二年の六月のある夜、越後春日山城内の毘沙門堂に、真言を唱える声が響いていた。
声の主は、城主、長尾景虎である。
激しい祈りの声。
だが、景虎の祈りの声には、いつもとは異なる色彩が混じっていた。
景虎の顔にも、どこかやつれたような様子がみられる。
「われに力を与えたまえ。この内なる煩悩を払う力をわれに与えたまえ・・・」
そう、連日の淫夢。
そしてその本たる自己の大いなる煩悩。
それを払うべく、景虎は帰依する毘沙門天に、縋りつかんばかりの激しい祈りを捧げていた。
ふと、背後に人の気配を感じ、景虎は振り返った。
そこに見出した人影に、思わず呟いた。
「姉上・・・」
そう、彼の姉たる桃姫が、微笑を浮べて毘沙門堂の入り口に立っていた。
桃姫がここにいるはずはない。
景虎の煩悩が、今宵も彼女の姿を借りて現れ出たのであろう。
(ふっ・・・)
景虎は、急に心が軽くなったように感じた。
己の煩悩にも、気負うことなく対することが出来るように思えた。
「退がれ・・・」
穏やかな、だが断固とした口調で、景虎は姉の姿をした己の煩悩に命じた。
そんな弟に、桃姫は再び微笑んだ。
そして、脇へと退いた。
怪訝そうな表情を浮べる景虎。
だが、桃姫の退いた後から入ってきた人影を見るや・・・、その顔は驚愕に凍りついた!
しばしの沈黙の後、景虎は搾り出すようにして言った。
「は、母上様・・・」
そう、桃姫に続いて入ってきたのは、景虎の母、虎御前であった。
夫、為景の死後、出家し深く帰依する観音菩薩への信仰の日々を送っている虎御前。
だが、今景虎の前にあるのは、現在の姿ではない。
かつて七歳にて寺に入る景虎を見送った、若き日の姿。
『誠に強ければ、力など頼らずとも生きられるはず。力を振るわずとも、己を見出せるはず』
その時に贈られたこの言葉と共に、幼き景虎の心の奥底に刻み込まれたその時の姿。
その姿のままの虎御前が、景虎の目前にあった。
「虎千代」
虎御前は優しい笑みを浮べながら、景虎の幼名を呼んだ。
「母上様・・・」
呆然としたままの景虎。
虎御前はそんな我が子に微笑みかけながら、帯に手をやった。
そして、自ら衣を脱ぎ捨てていく!
「は、母上様!」
再び驚愕する景虎。
そして、硬直する我が子の前で、虎御前の全てが露となった。
染み一つない艶やかな白い肌。
ふくよかに肉のついた胸と腰。
若く美しい母の裸身。
「・・・」
瞬きすら出来ず、凝視するだけの景虎。
「虎千代」
虎御前の裸身が歩を進め、その両手が息子の頬を包む。
「は、は、母上様! い、い、いけ、いけませぬ!」
後ずさって逃げようとする景虎。
そんな息子の唇に、母のそれが重なった。
景虎の頭の中が、一瞬にして真っ白になった。
暖かく包まれるような気分の中、景虎は目を覚ました。
目の前に見出したのは・・・、豊満な女の乳房。
どこか懐かしく見覚えのあるそれは・・・
「!」
慌てて見上げる景虎を、母の微笑が迎えた。
いつの間にか全裸で横たわっていた景虎に、虎御前がその裸身を添わせていたのだ。
虎御前は息子の顔に乳房を押し当てた。
抗いがたいものを感じた景虎は、虎御前の乳首を含んだ。
かすかに懐かしさを感じながら、母の乳を吸う景虎。
「!?」
ふと、刺激を感じ、下半身に目をやった。
「あ、姉上!」
そこに見出したのは、姉の桃姫。
虎御前と同じく全裸となった桃姫が、景虎の股間に顔を埋め、彼の逸物に口唇での奉仕を行っていたのだ。
「い、いけませぬ!」
制止する景虎だが、桃姫は愛撫をやめない。
彼女の巧みなる舌使いの前に、景虎の逸物は忽ちの内にいきり立った。
やおら、虎御前が立ち上がった。
身動き一つ出来ぬまま仰向けに横たわる息子を、跨いで立つ。
彼女の真下には、娘の唾液に塗れた息子の逸物が、天を衝かんばかりに屹立している。
そして、虎御前はゆっくりと腰を下ろしていく。
かつて腹を痛めて産んだわが子を、再びその胎内に迎え入れるために・・・。
景虎は我に返った。
彼がいるのは、いつもの毘沙門堂の中。
そう、これもまた夢だったのだ。
ふーと溜息をついた。
毘沙門天像に目を向けた。
どんな厳しい叱責をも受け入れる覚悟のもとに。
だが、次の瞬間、景虎はかつてない衝撃を受けた。
毘沙門天像から、景虎は何も感じることは出来なかった。
景虎の深く帰依する毘沙門天。
あるときは励まし、あるときは叱り、景虎を導いてきた義の守護神。
いかなる時も、景虎はその存在を身近に感じ、己が力の根源としてきた。
その毘沙門天像が、空っぽだった。
魂の抜けた、ただの木彫りの像に成り果てていた。
「儂を・・・、お見捨てになられたのか・・・」
景虎はしばらくの間、放心したまま座り込んでいた。
春日山城から景虎の姿が消えたのは、その翌日のことであった。
景虎煩悩・終わり