小山田は照りつける日の下、駒橋邸の庭を歩んだ。
道中ずっと強い陽射しに炙られ続けてきたので汗みどろだった。肌の火照りも鎮めたかった。
だから侍女に行水の支度を命じる手間をも惜しみ、小山田は庭の井戸へ直行して諸肌脱いで井戸の水を被った。

今年は暑さが厳しい。大きな合戦もなくこうして自領で過ごしていられるのはありがたかった。
戦を恐れはしないが、去年の小笠原攻めのように炎天下に具足を着こんで戦うような機会は、今後そう多くあってほしくはない。

美瑠にとっては三度目の郡内の夏か。
敵将から奪った女をここへ連れてきた月日を数えながら顔から水滴を払うと、庭の向こうに一族が城を構える岩殿山が目に入った。
熱気で山際がぼやけている。
修験道の聖地でもある峻厳な山は、この駒橋の館から眺めるのが一番美しいが、こう照りつけがきつくてはゆっくりと愛でる気にもなれない。
小山田は濡れた衣を着替えるために母屋へ向かった。
体から落ちた滴が乾いた地面にみるみる吸い込まれて乾く。

日は高く女の元を訪れるにはまだ相応しい刻限ではない。
今日は領内に下す法度の草稿を仕上げるつもりだったが、近習は襟に見苦しい汗の染みを広げて粗相を繰り返しているし、右筆は粘る手に貼りつく紙に難渋し、常より筆跡は乱れて書き損じも多かった。
小山田自身、涼しい顔を作っているつもりだったが、脳は暑さで濁るばかりだ。
そんな状態で仕事になどなるものか。
小山田は家臣を下がらせ、厩へと向かった。
日が落ちれば少しは涼しくなろう。それまでは駒橋の美瑠のところで過ごそう。
駒橋に行っても暑さから逃れられるわけではないが、同じ耐えるならば家臣の暑苦しい顔ではなくて、美瑠の美しい顔を眺めている方がよいに決まっている。
途中で口うるさい老臣に出会ったが、暑さのあまり諫言を吐く力も出ない様子で、主が愛妾の元へ向かうのを憔悴した顔で見送っていた。
かように暑さは人に隙を作る。それは普段くつろいだ姿を見せない彼の側室とて例外ではない。
薄絹の帳の陰で白いうなじをあらわにして眠る美瑠を見て、小山田は目を細めた。

洗い髪が解き放たれて床の上に広がっている。
水分を含んだそれは妙に妖しく小山田の目に映った。
彼女の細い肢体を覆っているのは薄い麻の帷子一枚ばかりで、ややくつろいだ襟から深い胸の谷間が覗き、しなやかな体の線が白い布地に透けている。
小山田の手が乱さない限り着る物に緩みを見せない女がこんなに無防備な姿をしているのを見せるのは珍しい。忌々しい暑さだが、お陰でよいものが見られた。
彼女の傍らには生まれて一年になる藤王丸が安らかな寝息を立ており、美瑠は眠りながらも扇でわが子に風を送っている。
(子を思う母の心とは、まことに天晴れなもの)
感心しながら小山田は慈愛に満ちた母に邪な唇を近づけた。
美瑠の耳朶に赤い血管が透けている。それを狙う。
焚き染めたばかりの香が小山田の鼻先に立ち上った。
薄くすべすべした肉片が下唇に触れると、それだけで口中に唾液が満ちる。
舌を出して舐め上げようとした瞬間、ひどく熱いものが触れたように美瑠の体が跳ねた。あまり深くは眠っていなかったようだ。
「……殿!」
長いまつげが小山田の鼻先で瞬いた。
身を起こした美瑠が細い指を動かして襟を整える。
「お越しでござりましたか。出迎えも致しませず、申し訳……」
「しっ。静かに。藤王丸が起きる」
小山田は唇に指を一本当てて、美瑠を制した。
美瑠は大きな瞳を動かして小山田の顔を探った。なぜこんな時間にここにいるのかと言いたいようだった。
「暑くてたまらんのでな、館を抜け出して参ったのじゃ」
そう言って頬に唇を落とすと美瑠はくすりと笑った。
暑さの不快も吹き飛ぶ愛らしさだ。
小山田は美瑠の肩を抱き寄せ、さっきまで彼女が眠っていた臥所へ共に横たわった。
濡れた美瑠の髪が手の上にこぼれ落ちる。小山田はそれを指で梳いた。

「髪を、洗ったのだな」
「はい。お見苦しいところをお見せ致しまする」
「よい。冷たくて気持ちよい」
小山田は手首に美瑠の髪を巻いた。
「殿もご一緒にお休みになられまするか?」
美瑠が軽く瞳を閉じて小山田の肘に額をこすり合わせた。
安らかな美瑠の顔を小山田が邪な目で見回す。
出迎えに出た侍女から美瑠は藤王丸に添い寝をしていると告げられた時には、親子で川の字になって昼寝をするというのも暑さをやり過ごすにはよいと思ったのだが
──こんなになまめかしい姿を見せられてはそんな気も失せるというもの。
小山田は父親の情より男の本能を優先することにした。
女の短い声が響く。
そして、庭に面した部屋の帳の陰には、安らかに眠る赤子が一人きりで取り残された。



四方を閉ざされていた奥の部屋は薄暗く、窓格子から細く差し込む光がくっきりと白い線を描いていたが、部屋の中央に横たえられた美瑠の体にその光は届かない。
美瑠の白い体は、彼女の上に身をかがめた小山田の影と、解き放たれた彼女自身の長い髪とで黒々と翳っていた。
洗ったばかりでまだ乾ききらぬ髪は男の手でかき乱され、乳房や腹の上に飾り立てられている。妖しく波打つ髪の先端は、彼女の細い体に跨がる小山田の屹立した男根へ繋がっている。
水分を含んだ黒髪は熱い手で弄ばれても、不思議といつまでもひんやりとした手触りを保ち続けていた。その感触に魅せられた小山田は、さっきからずっとそれを蹂躙することに夢中になっている。
美瑠の髪もろともに性器をしごく男の掌の中に、粘っこく光る張り詰めた丸い先端見え隠れする。
美瑠の視線がそれに吸い寄せられる。
このまま、精を吐いてしまうつもりなのだろうか。
どちらにしても、髪は洗いなおさなければならないだろう。
女が長い髪を洗って乾かす労力のことなど殿方は知るまい。その日も美瑠は薬草を焼いた灰汁で髪を丁寧に洗いすすいだ後、侍女の手を借りて念入りに梳り、昼寝をする藤王丸の傍らに添い寝しながらゆっくりと髪に香を焚き染めていた。
見苦しい癖などつけぬように、寝返りを打つのも辛抱していた。
それなのに昼寝の最中に現れた小山田は、髪が衣を濡らしてもかまわぬよう、薄着でいた美瑠をみつけると、目を輝かせて奥の間に連れ込んでしまった。

美瑠の裸体に黒髪を散らし、撫でさすり、己の肌にも絡めてもつれあった。
髪には二人の汗がたっぷりとしみこんでいることだろう。
でも、文句は言えぬ。
注意深く手入れした髪を穢そうと、磨いた肌に生々しい歯形を残そうと、この男にはその権利がある。
自分は彼の側室なのだから。

問題は、浅ましいこの身だ。
男の肉欲に同調して高まる己の体を美瑠は持て余していた。
体と畳の間にある彼女の着ていた衣を足の間から溢れたものが濡らし始めていた。
今日はまだそこに男の指は触れていない。
腰骨の上にいる男の体が重い。男が動くたびに肌をこする湿った感触、頭皮へと響く男のけしからぬ律動が悩ましい。
立ち上がった乳首に、指先に、ひくつく瞼に、下腹から不穏な感覚が這い上がる。
自分勝手に快楽を極めようとしている男を体内に咥え込みたくて仕方がない。
己の体の熱を持て余して、美瑠がむずがるように頭を振ると、ようやく小山田の動きが止まった。
すでに快楽で緩んでいた男の顔が得意げに笑う。形よく尖った美瑠の鼻をぬるい舌が舐める。
「これが、ほしいか?」
小山田は艶やかな赤紫に膨れ上がって猛々しい筋が浮かべたものを抜き取ると、女の顔近くに突き出した。
美瑠は望みを声に出しはしなかった。しかし、黒く潤んだ大きな瞳はすべてを饒舌に語っていた。
ゆっくりと美瑠の舌先が張り詰めた男根に伸びた。
赤い舌が吐息混じりに弾力のある性器の上を行き来するのを見て小山田は満足そうに笑った。
「参れ」
小山田は巧みに体の上下を入れかえると、美瑠は嬉々としてその上に跨った。
「あぁ……!」
甘くかすれた美瑠の声が締め切られて熱く澱んだ部屋の空気に溶ける。

小山田には、己の上で腰を揺らす美瑠の細い体がまばゆかった。
手を伸ばし、美瑠の乳房を揺れる髪ごと揉みしだく。
つかみきれなかった髪が指からこぼれて小山田の肌を冷たく撫でる。
締め付ける蜜壷からこぼれる汁が小山田の繁みまでをしとどに濡らした。
髪に執着する小山田の微妙な愛撫に焦れていた美瑠は性急に絶頂を求めて腰を動かした。
恍惚とする小山田の口元に、女の汗の滴が飛び散る。
小山田は舌を伸ばしてうっとりとそれを舐めた。

動きに同調し、下から強く突き返してやると、美瑠がうれしそうに背をそらして鳴いた。

窓から差し込むまだ高い太陽が、絡み合う二つの影を床に黒々と染め上げる。
「はあ、あぁ……ん……殿……」
「美瑠……美瑠、よいぞ……」
存分に喘ぐ二人にとって幸いなことに、窓の外でうっとおしいほどに騒ぐ蝉の声が乱れた声をかき消してくれた。
「ああ……」
焦れきった己の疼く部分を存分に小山田にすりつけて、美瑠はいつもよりあっけなく達した。
快楽に力が抜けてしまった美瑠を組み伏せて背中からのしかかる。小さな口の中に指を押し込み、吼えながら細い女体を責める小山田の眼前で黒い髪が淫らにうねる。
低い声と共に艶やかに光る美瑠の黒髪に白い粘液がほとばしったのは、それからわずか数秒後のことだった。



ぴちゃん 床に置いた盥の中で美瑠の髪が泳いでいる。
小山田の手が美瑠の髪をすすいでいた。
己の劣情でべっとりと穢してしまった髪を侍女に任せるのは気がひけて、小山田は自ら井戸で水を汲み、美瑠の髪を洗ってやっていた。
女の髪を洗うのは初めての経験だったが、水の中にたゆたう髪の中に指を通すのは思いのほか気持ちがよい。
無骨な大きな手で、濡れた美瑠の髪をしごいて滴を切る。
優しく布で髪を押し包み、頭皮を揉んで水気を取ってやると美瑠は心地よさそうに肩を動かした。
「気持ちよいか?」
「はい」
小山田は満足そうに笑った。
「そうか。ならばこれからはいつもわしがそなたの髪を洗ってやることにしようかのう」
「お戯れを……。こんなことはもうこれっきりにしていただかねば」
暗に浅ましい所業を責められて、小山田は美瑠の手から櫛を取りあげ、その髪を梳き始めた。
優しく丁寧に。
美瑠は目を閉じて彼のするままに任せている。
彼女の耳のそばに唇を置きながら、小山田は黙々と美瑠の髪を優しく梳き続けた。
やがて小山田は櫛を投げ出して畳の上に横たわった。情事に疲れた美瑠の頬がその胸の上に重なる。

抱きあった二人に差し込む窓の外では相変わらず蝉の声が響いている。
蝉は、土から出れば長くは生きられぬ。
そして残り少ない命に急かれ、恋の相手を乞うてあのように声高に鳴くのだそうな。
それは誰から聞いた話だっただろう?

懸命に騒ぐ蝉を哀れみながら、小山田は愛おしい女の体を得意げに抱きしめて目を閉じた。
美瑠とこうして寄り添っていられる時間が無限だと信じる男の上で夏の太陽がまた少し、西へと傾いた。


おわり

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