近頃のリツは、どうも余計な知識を誰かから伝授されているらしい。
周りが面白がって、囃し立てるからいかんのだ。
このままでは鬼美濃殿に申し訳が立たぬ。
果てさて、如何致したものか…。
某、五十を越えてまで若妻を娶る積もりは毛頭ない。
元々隻眼破足、決して人好きせぬ外見もさることながら
家を栄えさせる事そのものに興味がない。
この様な男が伴侶では、余りにリツが不憫。
常々そう口に出しておるというに、わかって下さるのは
今の所忍芽様のみ。太吉から馬場殿、終いには諸角殿まで
「勘助、勿体無い事を申すな!それともお主、もう役に立たぬのか?」
などと相木殿のようなことを言う。
本当に役に立たぬのなら、むしろそれを理由に出来て有難いとまで思う。
未だ役に立つからこそ、こうして悩んでおるのではないか。
そうこうしているうちに、リツがまたとんでもない事をしてくれた。
先日風邪を引いてしまったようで、葉月に薬を頼んだのが拙かった。
何故目が覚めたら、手首が縛られておるのだ。
「旦那様、おはようございます。
頂いた練り菓子、たいそう美味しゅうございました。
今からお礼をしたいと思いますので、どうか暴れないでくださいね。」
満面の笑みでリツに言われ、何事か?と混乱しておる間に
その、下帯に手を掛けられて思わず叫んでしまった。
しかし、主が絶叫しておるというのに何故太吉は様子を見にこんのだ?
いや、見に来られても困ったことにはなったのだが。
「旦那様、お静かになさって下さい。」
咎めるように言われても…リツ、何か間違っておらんか?
こちらの静止の声も聞かず、覚束ない手つきながらも下帯を抜き取られる。
早朝の未だ力ない光とは言え、日の本とリツの興味深げな視線に晒されては
流石に起つ物も起たん。
これなら心配ないだろう、と情けなさはさておき安心しておったのに…。
誰だリツに尺八など教えたのはっっ?!!
ふいにリツの頭が下がった、と思いきや
ねっとりとした熱に一物が包まれ、予想外の刺激に思わず声をあげてしまった。
「うぁっ…な、な、何をしておるかリツっ?!」
「ですから、お礼を。
見ると実践するとではやっぱり違いますね。ええと、この辺り?」
口を離して、一体何処で何を見たのやら首を捻るリツ。
呆気なく起ち上がった雁首の辺りを舌でなぞられ、身体が跳ねるのを押さえられぬ。
先、裏筋と丹念に刺激されれば息が乱れ、声を抑えるのがやっと。
(このような事、一体誰が?どうやらこの手の縄は喇叭独特の縛り方。
という事は葉月か?あ奴、リツに何という事を…っ!!)
となんとか思考を逸らして耐えようとするも、物事には限界という物がある。
小さな口腔いっぱいに頬張られ、懸命に吸い上げられてはどうにもならん。
「ふっ…くぅ、リツ、やめっ…」
「ふぁふぇふぇほふぁいふぁふは(何故でございますか)?」
咥えながら上目遣いで喋るでない!もう些かも、身が持たぬ…。
こんなことでは鬼美濃殿にも姫様にも申し訳がたたん!
ましてや「由布、これで許してやれ」
と寛大に仰って下さったお舘様にも合わせる顔が…。
まて、お舘様?今は朝だ、ならば一つだけ理由は作れる!!
「リツっ…本日はどうしても、朝一番に出仕せよと、お舘様が…
だから、ひとまず離れてくれっ…」
リツにあったのは仕込まれた知識だけで、経験はないのが幸いだった。
男の身体を知り尽くしておれば、
「もう直に果てましょう?すっきりなさってからで宜しいではないですか。」
等と言われかねんところであった。
暴発寸前の一物を無理やり下帯に押し込め、着衣もそぞろに寝所を飛び出す。
背後でリツが、
「でしたら、お帰りになってから続きを致しますね。」
と申しておったような気がするが気のせいだろう。気のせいだと思いたい…。
朝餉を食い損ねた上、着崩れた衣のお蔭で本日はからかわれ通しだ。
駒井殿にまであの涼やかな調子で
「山本殿、袖から縄目の後が見え隠れしておりますよ。」
と指摘され、情けないやら腹が立つやら。
(それもこれも、リツに要らん事を吹き込んだ葉月!
あの喇叭、今度顔を見たら種子島の的にしてくれるわ!!)
そんなことをつらつら考えつつ種子島を眺めておると、
整備に呼ばれたのであろう、何時に無くにやけた顔の伝べえが姿を現した。
「あ、旦那様!…どうしただ?普段より一層怖い顔になってるだよ。」
「お主こそ、そのにやけた面はなんだ。何か良いことでもあったか…っ!」
いやいやそんなことねーだ、と手をふる伝べえの手首。
其処に残るのは、間違う事なき縄目の跡。
「…伝べえ、庭に直れ。」
「は?旦那様何言って…どうして泣いてるだ?
って旦那様種子島は人に向けちゃ危ねえってうわぁっっ?!」
「喧しいっ!!葉月は一体何をリツに吹き込んだ!
喇叭縛りなんぞ仕込んで、なんのつもりだっ!」
「うら知らねぇだよ!
なんであいつがやったことでって旦那様勘弁してくだせぇ〜!!」
伝べえに逃げられ、苛ついていた所をお舘様に呼ばれた。
領民の為、出家なさるという。これぞ正に天の助け。
「某も共に出家いたしまする。
つきましては早速今晩にも手配致しましょう。」
「勘助、何もそう急ぐことは無いのだが…?」
「何を仰いますお舘様!兵は神速を尊ぶ、善は急げと申します。
ご心配召されるな、直にでも寺に使いをやりましょう!」
何となく不審げな眼を向けてこられるお舘様。
しかし「今晩の養女から逃れる為、出家したい」などとはとても言えぬ…。
こうして某山本信幸勘助は出家、名を道鬼と改めた。
屋敷に戻って伝べえに会うと、奴は目頭を押さえてこう言いおった。
「旦那様…心労で禿げる前に、剃っちまっただか。」
「伝べえ、もう何も言うな。」